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2019-09-25

10月19日(土) 「仏教を学ぶ」と「仏教学を学ぶ」−日本とタイの観点に基づいて タニヨー長老

※この「夜間法話会」は臨時の会として開催されました。

現代のタイ仏教の問題点と、それについて長老のお考えを伺いました。ここに報告レポートをまとめたいと思いますが、その前に、簡単にタイ仏教の現状を箇条書きでご紹介いたします。

●タイの人口は約6500万人、人口の90%は仏教徒である。僧侶人口はおよそ男性100名に対して1名である。比丘25~26万人。沙弥6万人。
※日本の人口は約1億2630万人(本年1月総務省資料)で、僧侶人口は、平成30年の文化庁宗教年鑑で35万人。人口比でいえば、タイの方が日本よりも僧侶が多いことになります。

●お寺の数は4万軒ぐらい。村の数は7~8万あり、2つの村に対してお寺が1つはあることになる。
※平成30年の文化庁宗教年鑑で日本のお寺の数は7万7千です。(そのうち、空き寺は2万と言われています)
●お寺の運営には税金からの補助もある。しかし収入のほとんどは民間からのお布施に頼っている。
●沙弥(見習い僧)の人口は6万人ぐらいいる。最低年齢は7~8歳ぐらい。お寺が経営している沙弥のための小学校、中学校、高校があり、仏教大学は二大宗派の経営する大学が1つずつある。そこでは僧侶の育成をするとともに一般の学校と同様の科目の授業も受けられる。学費が安いので貧しい家庭の子供も入学出来る。
●国家試験として主に比丘を対象とした「パーリ語の能力テスト」があるなど、日本の政教分離の厳しさからは考えられないような形で、仏教文化が社会の中に認められている。
●成人男性は短期出家する慣習がある。修行期間は短縮しているものの、今でもほとんどの成人男性が一度はお寺に入るという。

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上に記した僧侶の数の多さや、成人男性の全員が一度はお寺に入ることを見ても、タイ仏教は隆盛を誇っているように見えます。しかしお話の冒頭で、タニヨー長老は「今日は、問題解決のために勇気をもってお話します」「タイの仏教を巡る環境は悪化しています」と仰いました。その背景は次のようなことでした。

「農村社会の時代には、お寺が文化の中心であり、集会所、学校、宿泊所、娯楽施設、そして裁判所の調停のような役割ももっていた」「多くのお寺の敷地に教育施設があり今も維持されているが、20年ぐらい前から、お寺の敷地内にある学校の名称から『寺院』を意味する単語(ワット)が消されるようになった」「農業社会から産業社会、情報社会へと移行して、農村には高齢者と子供だけが残され、労働世代は都会に移住している。都会の寺院の回りには寺になじめない人々がいる。人々の寺離れが始まっている」「社会の進歩にお寺がついていけず、お寺がいつまでも農業時代のままで、技術を取り入れないということがある。たとえば、今はさすがにそのようなことはないが、お寺がパソコンを使う、僧侶が携帯電話を持つということについて、10年ぐらい前までは批判の声があった」「社会の発達に伴い、寺院が担っていた集会所、学校、宿泊所、娯楽施設、裁判所のような役割が、寺院以外の機関で行われるようになり、いまや寺院の役割といえば葬式だけが残っているような状態である」「お寺は、人を呼び寄せようとして、多種多様なイベントを行うようになっている。たとえば占い、演劇などの娯楽イベント、霊魂信仰やその儀礼など。またガネーシャ像や観音像を目立つように置いているお寺もある。霊魂信仰やその儀礼、ガネーシャ像や観音像で人を寄せることなどは、上座部仏教の伝統とは異なるものであり問題を感じる。

続いて長老は、このようなお話をくださいました。
「タイでは僧侶自身も寺離れしている。若い僧侶の還俗が多くなっている。タイの人口は増えているが僧侶人口は横ばいである。以前は成人男子50名に1人が僧侶であったが、今は100人に1人となっている」と仰いました。そして「タイの人々の宗教意識も低下している。読経・布施・持戒・瞑想の4種についての人々の取り組みを調べた結果は、
・読経を「したことがない」20%、熱心にしている15%、
・布施(托鉢の僧侶に)を「したことがない」5%、熱心にしている10%、
・持戒を「したことがない」60%、熱心にしている5%、
・瞑想を「したことがない」70%、熱心にしている10%
との結果が出ていることを教えてくださいました。(Source: The 2008 Survey On Condition Of Society Culture And Mental Health, National Statistical Office, Ministry Of Information And Communication Technology)

長老は読経について、「タイのポピュラーなお経で、いちばん短いものは般若心経よりもさらに短い。にも関わらず、短期出家した層も含めても、熱心に読経している人が少ない」として修行期間の短縮を問題として取り上げられました。

「短期出家は社会常識化しており、以前は多くの企業で3ヶ月の修行期間が認められていた。しかもその期間は、少しであるが給料も保証されていたのである」「今は一週間が精一杯で、その中でも儀礼に多くの時間が割かれる。期間中に「仏法を学ぶ」「身に付ける」レベルには至らない。

このようにお話されたあと、長老は「さて、仏教興隆には一体何が肝心であるか?」という問いを立てられ、お答えとして「それは教育である」と、キッパリと仰いました。教団、寺院、個人の僧侶、あるいは学校等が主体となって人々に与える仏教教育ということです。

「仏教教育には2種類ある。そのうち一つは『仏教を学ぶこと』。もうひとつは『仏教学を学ぶこと』である」。前者は実践、後者は学問を意味します。

「人の根本にある貪・瞋・痴は病であり、戒定慧は薬である。薬を飲んで貪瞋痴を治めることが必要で、仏教学だけでは病を治せない。タイ社会での「仏教を学ぶ」実践教育には、今までに述べたような課題はあるものの、日本のように宗教教育が禁止されていることはない」
ということで、実際にタイで行われている「仏教を学ぶ」「仏教学を学ぶ」それぞれの教育内容をご紹介くださいました。

「仏教を学ぶ」教育として
・子供たちに布施の意義を教え実践を促す
・子供たちに戒での禁止項目の意味を教え実践を促す
・『六方礼経』の学習を通して仏教的人間関係を学ぶ
・短期出家の短縮化に対しては学生の冬休み(二ヶ月間)を利用して短期出家をしようというキャンペーンが始まっている。一週間の期間しかない時は内容の吟味も行っている。

「仏教学を学ぶ」教育として
・国家試験として「パーリ語の能力テスト」(主に比丘を対象)
・国家試験として「仏教教理の理解を促すためのテスト」(比丘は筆記、在家はマークシート)

長老はテストに対し「パーリ語の能力テストは内容が非常に厳しく、上段者は社会的信用を得ている。しかし、仏教者にとって仏教学を学ぶことも重要であるが、良い師僧に巡り合って『仏教を学ぶ』実践をすることが肝要で、これをしない限りは、僧侶の還俗を防ぐことはできない」との御意見をくださいました。

長老のお話は以上のようなことでしたが、最後に日本仏教へのメッセージとして「日本では得度すれば『仏教を学ぶ』『仏教学を学ぶ」という2つの道が開ける。しかし得度しなければ『仏教を学ぶ』道は開きにくい」というご指摘をくださいました。

ここで時間切れとなり、あとは質疑応答になりましたが、「パーリ語の学習法」「長老から見て現代の日本をどう思うか」「持戒について進歩の無い時はどうすればよいか」など皆様から熱心な質問がありました。全体を通してたいへん有意義な時間でした。

個人的には、伝統仏教の僧侶様が一人でも二人でもこの場にいてくだされば…と思いました。タイや日本の抱えている仏教界の課題は、世界共通のものと感じます。情報交換・意見交換を行うことで互いの課題解決のヒントになり、また上座部・大乗の違いを超えた仏教の価値を考える機会になるかもしれません。国や宗派を超えた意見交換会は、仏教サロン立ち上げ前の「サンギーティの会」でも行ってきたことですが、これからも機会を創っていきたいと思います。

タニヨー長老と、ご参加の皆様に心からのお礼を申し上げます。

(加藤悦子)

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10月19日(土)18時30分~20時30分

会場:キャンパスプラザ京都(JR京都駅より5分) 2F和室

タニヨー長老 プロフィール:タイ・バンコク生まれ。1997年出家得度。2000年来日。2010年龍谷大学博士後期課程修了。文学博士。その後、龍谷大学などの講師をつとめ、2016年タイに帰国。タイでは DCI Center for Buddhist Studies でセンター長に就任。日本仏教や日本文化の教授をしながら、 定期的に来日を重ねている。 今回は龍谷大学の研究員として、大乗仏教の修行階梯についての研究を行う為にご来日された。

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